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犬はいつまでも覚えてくれいる

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卒業シーズンですね。

卒業証書の筒を持った学生たちを見かけると、

大学に入学して、とんでもない下宿で1人暮らしを始めた頃を思い出します。

 

下宿の家賃は月2万円、お風呂は時間が決められていて16時半~18時までに入浴厳守w

ガスコンロは10円入れて炊事をし、真冬は10円じゃお湯が沸かないので20円が必要w

夜中に寝ていると、耳元でハァーハァー吐息がして、驚いて目を覚ますと野良犬が乱入してる!!

どこから入ってきたんや!

私の大声に驚いた犬は、お気に入りのスニーカーの片方を咥えて飛んで逃げていく!! 

いま、そんなスリリングな下宿あるんかな?

 

今日は、ちょっと感動する話を紹介します。

 

フランネルは綺麗な犬だった。 

フランネルと言う名前をつけたのは、耳がやわらかくてすべすべしていたからだ。

私が飼った最初のクーン・ハウンドで、彼とは何をするのも一緒だった。 

散歩に出かける時も遊ぶ時も、私が仕事をしにガレージに下りる時も、

彼は踊るようにクルクルまわって、前足を上げ「ウー・ウー」と嬉しげな声を立てた。 

私がしばらく留守にしたときは、私が帰るとドアのところで同じダンスを踊った。

ただ単に興奮してたせいじゃない。

彼は私にしか踊ってみせなかった。

私には彼がそうやって 「あなたが好きです」 と私に話しかけ、

私からも楽しい事を期待しているように見えたね。 

それはさておき、彼と別れたのは1941年ごろだ、

私は訓練を受けて戦地(第2次世界大戦)へ送られた。 

まず北アフリカへ渡った後、イタリアの戦線にまわされたんだ。

戦争が終わって兵士たちは故郷に帰り始めたが、

私は捕虜収容所の仕事を与えられ、おかげで兵役を解かれるのがずいぶん遅れた。

ようやく故郷に帰れたのは1948年になってからだ。 

両親は私が帰還することは分かっていたが、

具体的な日にちは知らず、私は2人を驚かせようと考えた。 

わが家に着いてドアを開けると、そこにフランネルがいた。 

もちろん前よりだいぶ歳をとり、鼻面に白いものがまじっていた。

でも、その耳はフランネルのようだったよ。

そして彼が私を見上げた途端、時間のへだたりがすっかり消えてしまった。

彼は、前と同じようにダンスを踊りながら「ウー・ウー」と歌いはじめたんだ。

私が帰ったとは夢にも思わずに、母がキッチンから出てきた。 

そしてフランネルが歌っているのを聞いて、こう声をかけた。

 

「一体どうしたの、フランネル。スティーヴはまだよ。それなのにお迎えの真似なんかして」

 

後で母から聞いたところによると、フランネルは私がいない間、

ダンスを踊ったり「ウー・ウー」と歌ったりしたことは一度もなかったそうだ。

だけど、彼ははっきり覚えていて、私を見るやいなや、それをはじめたのさ。

そして、最期まで毎日くり返した。 

あの「ウー・ウー」を聞いて私は感じたよ。

ああ、私はわが家にもどった、ここに私を忘れず、

私を懐かしがり、私を変わらずに愛してくれる存在がいる、とね。

 

7年ぶりに再会しても、犬は出ていった家族の事は決して忘れない。

犬は新しい生活や環境が変わっても、変わらずに覚えてくれています。

フランネルの愛情いっぱいのダンスが、愛おしくてなりません。

 

フランネルのドッグダンス見たかったな。

 

感謝

ジャパンドッグアカデミー・ウィジードッグクラブ

島本 洋介

 

 

 

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